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2008年6月 7日 (土)

山桜

藤沢周平原作の映画「山桜」を視た。
  【公式サイト】
    http://yamazakura-movie.com/

久しぶりに良い映画を視ることができた。
派手な演出があるわけではないが、風雪に耐えて暮らす人々の生きざまを
藤沢作品らしく丁寧に描いた映画であった。
原作を忠実に表現した内容に好感が持てたし、
「脚本・演出・配役」も素晴らしくまとまっていた。

「山桜」は、『時雨みち』(新潮文庫)に所収されている二十頁前後の短篇である。
最初の夫を病で亡くし、二度目の夫・婚家には出戻りと疎まれながらも
健気に生きる野江(田中麗奈)を中心に物語は展開する。
出戻りと言っても、野江はまだ23歳の若さである。

(以下あらすじ、ネタバレ注意)
武士でありながら高利貸しの真似事をして蓄財に励む夫と舅。
出戻り嫁と言って野江を蔑む姑。
実家とは全く世界の異なる磯村家での生活に懸命に耐え続けていた野江は、
亡き叔母の墓参りの帰り道で見事に咲き誇った山桜と出会う。
一枝を得ようとするが、あいにく手が届かない。
そのとき、「手折ってしんぜよう」の掛け声とともに、ひとりの武士が
折った枝を差し出してくれる。その男、手塚弥一郎(東山紀之)は、
野江が再婚する前に縁談を申し込んでくれたが、母ひとり子ひとりの家と聞き、
会うこともなく縁談を断った相手だった。

別れ際に「今は、お幸せでござろうな?」と声をかける弥一郎に、
「……はい……」と答える野江。
縁なく別の道を歩んでいた二人ではあったが、
山桜によってもたらされた奇跡的な出逢いによって、
彼らの人生は少しずつ本来在るべき姿へと動き始める……。

中盤、藩の農政で私腹を肥やす諏訪平右衛門を弥一郎が斬る。
それは、豪農と組んで農民を虐げる者に対して、義から出た行いであった。
「切腹は必至」と弥一郎を侮蔑する夫に、思わず野江は手にした羽織を打ち捨てる。
家紋の入った夫の羽織を捨てるということは、離縁されることを意味していた。

弥一郎を擁護する声も多く、切腹の沙汰はなかなか下りない。
結局、藩主が江戸から戻ってくる春まで待ち、裁断を仰ぐこととなる。
再び山桜が満開になる頃、弥一郎の身を案ずる野江は、
息子の帰りを待ち続ける弥一郎の母に会いに行く。
「いつかあなたが、こうしてこの家を訪ねてみえるのではないかと、
心待ちにしておりました。さあ、どうぞお上がりください」
自分が本当に来るべき家はここだったのだと野江は気づき、涙を流す。

長い台詞をブンまわして、状況から心象風景まで全て説明してしまう
どこかのテレビとは違って、キチンと描写することで表現してくれているから、
最後のシーン、弥一郎の母の言葉に思わず涙がこみ上げてくる野江の姿へと
自然につながっていくところでは、思わずホロリとさせられる。
ああ、ホント、久しぶりに良い映画を視ることができて満足!

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